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よしてい ・ 山形

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山形から白鷹へ向かい、本沢を過ぎて少し行きますと右手の部落の中にでかでかと”生そば”と屋根に書いた家が見えてきます。 たしかに下手な看板よりは目立っているかも知れませんが、”なんだろう?そば屋かな?”位は思うでしょうが、皆が皆『そば屋』と思ってくれるかどうかは別でしょう。 部落に曲がる道がそんなに太くないのと、旗がもっとあればと思う位の控えめさで、なんとなく通り過ぎてしまう方も多いのでは、何せ山形は控えめな人が多いものですから。
よしてい2
 控えめな目印をたどって農道?を進み、部落に入ってたどり着いてみるとやっぱり控えめなそば屋がありました。 良くあるパターンで”里のそば屋”のスタンダードといった感じの古民家?です。 あれほどあった雪もほとんど消え失せ、この日は『寒晒しそば』が振る舞われておりました。 まぁチョット高いのは仕方のないことでして早速いただいてみましたが、結構香りも甘みも豊かで十分値段の高さを織り込んでいるものでした。(どうせ褒めても何にも出ませんが、オヤジの打ち方が上手なのかも知れません)よしてい5
国道を挟んで反対側の小さな山が長谷堂城址、もう一つの関ヶ原とかいろいろ言われておりますが、案外知られておりませんで、実際山形でも知る人ぞ知るでなくなったのはこの10年前くらいからでしょうか。 駐車場が立派に整備され、遊歩道も整備されております。 頂上の城跡までは歩いて15分位でしょうか、社や祠がポツポツとありまして、見かけよりは山が大きく感じられます。 頂上からは結構な眺めで、上杉の侵略軍が陣取った山、霞に煙ったという霞ヶ城をはじめとする山形の街並みなんかを、僅かの兵でくい止めた志村伊豆之守と同じ場所でぐるりと見回すことができます。 遠く関ヶ原で親方軍がずっこけてしまい、なすすべなく引き上げる上杉軍を冷ややかに見送ったであろうその場所はどこだっただろうなどと歴史を辿ってみるのも面白いもんです。
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そば黄門

Author:そば黄門
山形そば黄門漫遊記/続山形そば黄門漫遊記としてダラダラ書いてきましたが、ちょっとネタ切れになってしまいましたので、しばらくは写真を並べてみようと、あんちょくに考えてしまう程度の発想しかないただのそば好きです。 良かったらおつきあい下さい。
写真は真実ですが、コメントには少々行き過ぎと嘘があるかもしれません。 例によって文句に傾ける耳はありませんので、ご勝手に願います。

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